後漢最後の皇帝。董卓に擁立され、のちに曹操の庇護下に置かれたのち、曹丕に帝位を譲って後漢は滅亡した。
霊帝の子として生まれた劉協は、189年、洛陽を制圧した董卓によって兄の少帝に代わって帝位に就けられた。以後、董卓による長安遷都、董卓暗殺後の混乱、そして長安からの苦難の脱出と、皇帝でありながら群雄の思惑に翻弄され続ける前半生を送った。
196年、曹操に迎えられて許に都を移すと、曹操は「天子を擁して諸侯に令す」立場を得て勢力を大きく伸ばした。献帝は曹操の専横に反発し、董承らによる曹操暗殺計画にも関わったとされるが失敗に終わり、以後は名目上の皇帝として過ごした。220年、曹操の死後まもなく子の曹丕に帝位を禅譲し、約400年続いた漢王朝は幕を閉じた。退位後は山陽公に封じられ、234年に没するまで比較的穏やかな余生を送ったと伝えられる。