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三
三国 / 220 – 280

張遼ちょうりょう

魏の猛将。合肥がっぴの戦いでわずかな兵で孫権そんけんの大軍を撃退し、その武名は江東に轟いた。

張遼
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

生涯・業績

雁門がんもん郡の出身で、はじめ丁原ていげん・董卓とうたく・呂布りょふと主君を替えながら頭角を現した。198年、呂布りょふが曹操そうそうに滅ぼされると曹操に降り、以後は魏を代表する将軍の一人として各地の戦いで活躍した。

最大の功績は215年の合肥がっぴの戦いである。孫権そんけん率いる十万ともいわれる呉軍に対し、張遼は選りすぐった八百の兵で夜明けとともに敵陣に突撃して大混乱に陥れ、孫権をあと一歩のところまで追い詰めた。この戦いで城を守り抜いた張遼の名は江東に恐れられ、「泣く子も黙る」の由来になったとする俗説も生まれた。曹丕そうひの即位後も重用されたが、222年、呉への遠征中に病没した。