中国史年表
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三
三国 / 220 – 280

曹丕そうひ

曹操そうそうの子で魏ぎの初代皇帝(文帝ぶんてい)。後漢献帝けんていから禅譲ぜんじょうを受けて即位し、文学者としても『典論』などの著作を残した。

曹丕
伝: 閻立本えんりっぽん(唐代とうだい)「歴代帝王図巻れきだいていおうずかん」 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

生涯・業績

曹操そうそうの子として187年に生まれた曹丕そうひは、文才に優れた弟曹植そうしょくと後継者の座を争ったのち、217年に魏ぎの太子たいしに立てられた。兄弟の対立は後世さまざまな逸話を生み、曹丕そうひに七歩歩くうちに詩を作れと迫られた曹植そうしょくが「豆まめを煮るに豆まめがらを燃もやす」と兄弟の争いを嘆いたという「七歩詩しちほし」の話はよく知られている(史実かどうかは定かでない)。

220年に父曹操そうそうが没すると魏王ぎおうを継ぎ、同じ年のうちに後漢の献帝けんていから禅譲ぜんじょうを受けて皇帝に即位、都を洛陽らくように置いて魏ぎを建国した(文帝)。三国のうち曹丕そうひが建てたのが魏ぎであり、これに対抗して翌221年に劉備りゅうびが蜀しょく(蜀漢しょくかん)を、229年に孫権そんけんが呉ごの皇帝を称した。即位の年には陳羣ちんぐんの進言で官吏登用制度「九品官人法きゅうひんかんじんほう」を定め、これは以後の南北朝時代まで続く貴族社会の基盤となった。文学者としても知られ、著書『典論』の論文篇ろんぶんへんで「文章は経国の大業」と述べたことは中国文学批評の始まりとされる。226年、40歳で没した。

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