劉備の義弟として知られる蜀の武将。忠義と武勇の象徴として後世神格化され、「関帝」として今も広く信仰されている。
河東郡解県の出身で、故郷を離れて涿郡に流れ着いたところで劉備・張飛と出会い、兄弟同然の間柄となった。200年、劉備が曹操に敗れると一時曹操に降り、白馬の戦いでは袁紹軍の猛将顔良を討ち取る功を立てたが、曹操の厚遇を振り切って劉備のもとへ戻った。この逸話は関羽の忠義を象徴するものとして長く語り継がれている。
劉備が益州に入った後は荊州の守りを任され、219年には魏の樊城を攻めて于禁の軍を降伏させ、その威勢は中原を震撼させた。しかし背後を突いた呉の呂蒙に荊州を奪われ、捕らえられて斬られた。死後はその忠義と武勇から次第に神格化され、「関帝」「関聖帝君」として武神・商売の神として祀られるようになり、現在も中国をはじめ世界各地の関帝廟で信仰を集めている。