CHINESE HISTORY TIMELINE
中国史年表

「中国五千年史」- 新石器時代から現代まで、王朝・人物・出来事をスクロールして辿たどる

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古都からたどる現在の中国の都市

長安ちょうあん・洛陽らくようは今どんな街? 歴史と観光地ガイド

唐とうの都・長安ちょうあんは今の西安、六朝の都・建康けんこうは今の南京、北宋ほくそうの都・汴京べんけいは今の開封かいほう――。中国の歴代王朝が都を置いた古都の多くは、名前を変えながら現在も大都市として続いています。このページでは「中国八大古都」と呼ばれる8都市に、北魏ほくぎの大同と蜀漢しょくかんの成都せいとを加えた10の古都について、都としての歩み、高層ビルや高速鉄道の駅が立ち並ぶ現在の街並みの写真、訪ねてみたい歴史的な観光地を紹介しょうかいします。

実際の海岸線をもとにした中国の位置関係図です。朱色しゅいろの番号は下で紹介する古都(現在の都市)、白丸は主要都市の目安です。 番号を押すと各都市の紹介へ移動します。

内モンゴル自治区新疆・シルクロードチベット台湾海南島上海広州香港ラサウルムチフフホト西安1洛陽2南京3北京4開封5杭州6安陽7鄭州8大同9成都10

古都の名前と現在の都市 早見表

古都の名現在の都市
長安ちょうあん西安
咸陽かんよう・鎬京こうけい西安(周辺)
洛邑らくゆう・洛陽らくよう洛陽らくよう
建業けんぎょう・建康けんこう・金陵きんりょう南京
大都だいと・燕京えんけい・北平ほくへい北京
汴京べんけい・大梁たいりょう開封かいほう
臨安りんあん杭州こうしゅう
殷墟いんきょ・鄴ぎょう安陽あんよう(鄴ぎょうは近郊)
亳はく(説)鄭州ていしゅう
平城へいじょう大同
益州えきしゅう・錦官城きんかんじょう成都せいと

人口は2020年の中国の国勢調査(第7次全国人口調査)による市域全体の常住人口の概数です。中国の「市」は周辺の農村部も含む広い範囲を指します。

西安
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西安

せいあん(シーアン)
陝西省せんせいしょうの省都・人口 約1,300万人
古都の名鎬京こうけい咸陽かんよう(近郊)長安ちょうあん大興城だいこうじょう

都とした王朝 西周・秦しん・前漢・新しん・前秦ぜんしん・北周ほくしゅう・隋ずい・唐とうなど十余の王朝

古都としての歩み

渭水いすいの流れる関中かんちゅう盆地の中心にあり、周の鎬京こうけい、秦しんの咸陽かんよう、漢と唐とうの長安ちょうあんと、約1100年にわたって都が置かれた「十三朝古都」。唐代とうだいの長安ちょうあんは人口100万を超こえる世界最大級の国際都市で、シルクロードの東の起点として西方の商人や留学生りゅうがくせいが集まり、日本の平城京・平安京の手本にもなった。唐とうの滅亡めつぼう後は政治の中心が東へ移り、明代に「西安」と名を改められた。

現在の姿

現在は中国西北地方最大の都市で、航空宇宙・半導体などの産業と、多くの大学が集まる学術都市の顔を持つ。明代の城壁じょうへきがほぼ完全な形で残り、その内側の旧市街には鐘楼しょうろう・鼓楼ころうや回族かいぞくの人々が暮らす「回民街」の屋台やたい街が広がる。古都の遺跡いせきと高層ビル・地下鉄が同居する、中国有数の観光都市である。

IT企業が集まる高新区のビル群
IT企業が集まる高新区のビル群
写真: Nishino Asuka / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
高新区の夜景
高新区の夜景
写真: miumiu熊 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
2011年の国際園芸博覧会で建てられた長安塔
2011年の国際園芸博覧会で建てられた長安塔
写真: Jucember / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
歴史的な観光地
兵馬俑・秦始皇帝陵
兵馬俑へいばよう・秦始皇帝陵しんしこうていりょう

1974年に農民の井戸掘ほりで発見された始皇帝しこうていの地下軍団。8000体ともいわれる等身大の兵士像が並ぶ。世界遺産。

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西安城壁じょうへき

明の洪武こうぶ年間に唐とうの皇城を基礎として築かれた、周囲約13.7kmの城壁じょうへき。上をレンタサイクルで一周できる。

大雁塔・大慈恩寺
大雁塔だいがんとう・大慈恩寺だいじおんじ

インドから帰った玄奘げんじょうが持ち帰った経典を納めるため652年に建てられた塔。北側の広場では夜に大噴水ふんすいショーが行われる。世界遺産。

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大明宮国家遺址公園
大明宮だいめいきゅう国家遺址いし公園

唐とうの皇帝が政務をとった宮殿の跡。正門の丹鳳門たんぽうもんが復元され、広大な敷地が公園になっている。世界遺産。

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華清池
華清池かせいち

玄宗げんそうと楊貴妃ようきひが過ごした離宮りきゅうの温泉。白居易はくきょいの『長恨歌ちょうごんか』の舞台ぶたいで、兵馬俑へいばようと同じ臨潼区りんどうくにある。

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陝西せんせい歴史博物館・碑林ひりん博物館

周・漢・唐とうの至宝しほうを集めた博物館と、歴代の名筆の石碑を集めた「石の書庫」。

写真: Alex Kwok / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
写真: Xiquinho Silva / Wikimedia Commons(CC BY)
Wikimedia Commons(CC BY-SA)
洛陽
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洛陽らくよう

らくよう(ルオヤン)
河南省の地級市・人口 約700万人
古都の名洛邑らくゆう雒陽らくよう東都神都しんと

都とした王朝 東周・後漢・曹魏そうぎ・西晋せいしん・北魏ほくぎ・隋ずい・唐とう(東都)・後唐こうとうなど

古都としての歩み

黄河の支流・洛河らくがのほとりにあり、天下の中心「中原ちゅうげん」を代表する古都。東周以来、後漢・曹魏そうぎ・西晋せいしん・北魏ほくぎが都を置き、隋ずい・唐とうでは長安ちょうあんと並ぶ「東都」として栄えた。武則天ぶそくてんは国号を周と改めると洛陽を「神都しんと」と呼んで政治の中心とした。日本で都へ上ることを「上洛じょうらく」というのは、この洛陽に由来する。

現在の姿

現在は河南省西部の中核都市で、トラクターなどの機械工業で知られる。毎年4月の「牡丹文化祭」には満開の牡丹ぼたんを目当てに多くの人が訪れ、「牡丹の都」とも呼ばれる。市内には隋唐ずいとう洛陽城の応天門おうてんもんが復元され、夜にはライトアップされた古都の景観を楽しめる。

洛河の南に広がる新市街の夜景
洛河らくがの南に広がる新市街の夜景
写真: 张志强(西海山人) / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
新市街に移転した洛陽博物館
新市街に移転した洛陽博物館
写真: Gary Todd / Wikimedia Commons(CC0)
高速鉄道の洛陽龍門駅
高速鉄道の洛陽龍門りゅうもん駅
写真: 沈澄心 / Wikimedia Commons(CC0)
歴史的な観光地
龍門石窟
龍門石窟りゅうもんせっくつ

北魏ほくぎから唐とうにかけて伊河いが両岸の岩山に彫られた石窟群。武則天ぶそくてんが資金を寄せたと伝わる盧舎那仏るしゃなぶつは高さ約17m。世界遺産。

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白馬寺はくばじ

後漢の時代、白い馬が経典を運んできたという伝説をもつ、中国で最初の仏教寺院とされる寺。

関林かんりん

呉ごに討たれた関羽かんうの首が葬ほうむられたと伝わる場所。三国志ファンの聖地の一つ。

隋唐ずいとう洛陽城(応天門おうてんもん・明堂めいどう)

隋ずいの煬帝ようだいが築いた東都の宮城跡。武則天ぶそくてんが建てた巨大な明堂めいどう・天堂てんどうが遺跡いせきの上に復元されている。

周王城しゅうおうじょう天子駕六てんしがろく博物館

東周の王が乗った6頭立ての馬車の遺構いこうを、発掘はっくつされた状態のまま展示する。

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二里頭にりとう夏都遺址いし博物館

夏王朝の都とされる二里頭にりとう遺跡いせき(偃師区えんしく)の出土品を展示する博物館。

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写真: Dominik Tefert / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
南京
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南京

なんきん(ナンジン)
江蘇省こうそしょうの省都・人口 約930万人
古都の名金陵きんりょう建業けんぎょう建康けんこう応天府おうてんふ天京てんけい

都とした王朝 呉ご・東晋とうしん・宋そう・斉せい・梁りょう・陳ちん(六朝)・南唐なんとう・明(初期)・太平天国たいへいてんごく・中華民国

古都としての歩み

長江ちょうこう下流の要地で、三国の呉ごから南朝の陳ちんまでの「六朝」が都とした。華北かほくが戦乱に揺ゆれた時代、貴族文化や仏教文化が花開いた江南の中心であった。明の朱元璋しゅげんしょうは全長30kmを超こえる城壁じょうへきを築いて都とし、のちに永楽帝えいらくていが北京へ移したことで「南の都=南京」の名が定着した。近代には太平天国たいへいてんごくの首都、孫文そんぶんの臨時政府と国民政府の首都にもなっている。

現在の姿

現在は江蘇省こうそしょうの省都で、長江ちょうこうデルタを代表する大都市の一つ。多くの大学をもつ教育都市でもある。明代の城壁じょうへきは今も20km以上が残り、街路を覆おおうプラタナスの並木とともに古都らしい景観をつくっている。日中戦争中の1937年には南京事件が起き、その犠牲者を追悼ついとうする記念館も市内にある。

繁華街・新街口の高層ビル群
繁華街・新街口しんがいこうの高層ビル群
写真: Haha169 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
長江沿いに開発された河西の新しいビジネス街
長江ちょうこう沿いに開発された河西の新しいビジネス街
写真: 西安兵马俑 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
玄武湖越しに見る夜の紫峰大厦
玄武湖げんぶこ越しに見る夜の紫峰しほう大厦
写真: 董辰兴 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
歴史的な観光地
明孝陵
明孝陵みんこうりょう

明の初代皇帝朱元璋しゅげんしょうと皇后の陵墓りょうぼ。石の動物が並ぶ参道(神道しんどう)で知られる。世界遺産。

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中山陵ちゅうざんりょう

紫金山しきんざんの中腹にある孫文そんぶんの陵墓りょうぼ。392段の石段の上に祭堂さいどうが建つ。

明城壁じょうへき・中華門ちゅうかもん

現存する世界最大級の城壁じょうへき。中華門ちゅうかもんは4重の門をもつ巨大な甕城おうじょうで、兵を隠す洞窟どうくつも残る。

夫子廟ふうしびょう・秦淮河しんわいが

孔子を祀まつる廟びょうを中心とした繁華街。夜は灯りのともる秦淮河しんわいがを遊覧船ゆうらんせんでめぐれる。

総統府そうとうふ

清の両江総督りょうこうそうとくの役所、太平天国たいへいてんごくの宮殿、中華民国の総統府と主を変えてきた建物。近代中国の歩みをたどれる。

六朝りくちょう博物館

建康けんこう城の城壁じょうへきの遺構いこうの上に建てられた博物館で、六朝時代の都の姿を伝える。

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写真: Anne Oeldorf-Hirsch / Wikimedia Commons, CC BY 2.0
北京
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北京

ぺきん(ベイジン)
中華人民共和国の首都(直轄市)・人口 約2,190万人
古都の名薊けい燕京えんけい中都大都だいと北平ほくへい

都とした王朝 遼りょう(副都)・金きん・元・明・清・中華人民共和国

古都としての歩み

古くは戦国時代の燕えんの都・薊けいがあった地で、北方民族と漢民族の境目に位置する。遼りょうの副都を経て、金きんが1153年に都「中都」を置き、元のクビライが新たに「大都だいと」を築いた。明の永楽帝えいらくていが1421年に南京から都を移して紫禁城しきんじょうを完成させ、以後清末まで約500年にわたって中国の政治の中心であり続けた。

現在の姿

中華人民共和国の首都として政治・文化の中心であり、人口2000万人を超こえる巨大きょだい都市。2008年の夏季五輪と2022年の冬季五輪を開いた世界で唯一ゆいいつの都市でもある。故宮こきゅうを中心に南北へ貫つらぬく都市の軸線は「北京中軸線」として2024年に世界遺産となり、胡同フートンと呼ばれる路地には伝統的な住まい・四合院しごういんが残る。

超高層ビルが立ち並ぶ東部の中心業務地区(CBD)
超高層ビルが立ち並ぶ東部の中心業務地区(CBD)
写真: N509FZ / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
夕暮れの環状道路とCBDの高層ビル
夕暮れの環状道路とCBDの高層ビル
写真: Picrazy2 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
2008年五輪のメイン会場・国家体育場(鳥の巣)
2008年五輪のメイン会場・国家体育場(鳥とりの巣す)
写真: Daniel Case / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
歴史的な観光地
故宮(紫禁城)
故宮こきゅう(紫禁城しきんじょう)

明・清の皇帝が暮らした宮殿。72万㎡の敷地に建物がひしめく、現存する世界最大級の木造宮殿群。世界遺産。

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天壇てんだん

皇帝が豊作ほうさくを天に祈った祭壇。青い瓦の円形の祈年殿きねんでんが名高い。世界遺産。

頤和園いわえん

清の西太后せいたいこうが海軍の予算を流用して再建したともいわれる皇室庭園。昆明湖こんめいこと長廊ちょうろうが見どころ。世界遺産。

万里の長城(八達嶺・慕田峪)
万里の長城(八達嶺はったつれい・慕田峪ぼでんよく)

市の北部の山並みに明代の長城が続く。都心から日帰りで訪れることができる。世界遺産。

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明の十三陵りょう

永楽帝えいらくてい以降、明の13人の皇帝が眠る陵墓りょうぼ群。地下宮殿ちかきゅうでんが公開されている定陵ていりょうが有名。世界遺産。

天安門てんあんもん・胡同フートン

紫禁城しきんじょうの正門で、1949年に建国が宣言された場所。周辺の胡同フートンは人力車でめぐるツアーも人気。

Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
写真: Cccefalon / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
開封
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開封かいほう

かいほう(カイフォン)
河南省の地級市・人口 約480万人
古都の名大梁たいりょう汴州べんしゅう汴京べんけい東京開封府

都とした王朝 戦国の魏ぎ・後梁こうりょう・後晋こうしん・後漢こうかん・後周こうしゅう・北宋ほくそう・金きん(末期)の「八朝古都」

古都としての歩み

黄河と運河が交わる交通の要衝ようしょうで、戦国時代の魏ぎの都・大梁たいりょうに始まり、五代の諸王朝と北宋ほくそうが都を置いた。北宋ほくそうの都「東京」は人口100万ともいわれる商業都市で、夜まで店が開き、その賑にぎわいは『清明上河図せいめいじょうかず』に描えがかれている。1127年の靖康の変せいこうのへんで金きんに攻せめ落とされた後は都に戻もどることはなかった。

現在の姿

現在は河南省東部の中規模な地方都市で、1954年に省都の座を鄭州ていしゅうに譲ゆずった。黄河の氾濫はんらんで何度も土砂に埋もれ、その上に新しい街が築かれてきたため、地下には各時代の都が何層にも重なる「城摞城じょうらじょう(城の上に城)」が眠っている。古い町並みと屋台やたいの夜市、秋の菊きくまつりで知られる。

新市街の大型商業施設
新市街の大型商業施設
写真: Windmemories / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
宋代風の屋根をもつ高速鉄道の開封北駅
宋代風の屋根をもつ高速鉄道の開封かいほう北駅
写真: Kestreltail / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
提灯のともる鼓楼周辺の商店街
提灯ちょうちんのともる鼓楼ころう周辺の商店街
写真: caoyuan / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
歴史的な観光地
清明上河園
清明上河園せいめいじょうかえん

『清明上河図せいめいじょうかず』の街並みを再現したテーマパーク。宋代の衣装をまとった役者の芝居や夜の水上すいじょうショーが楽しめる。

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開封かいほう鉄塔てっとう

1049年に建てられた高さ約56mの仏塔ぶっとう。茶色い瑠璃るり煉瓦れんがの色が鉄に見えることからこう呼ばれる。

龍亭りゅうてい

北宋ほくそうの皇宮があった場所に建つ清代の楼閣ろうかく。両側に湖が広がる。

大相国寺だいしょうこくじ

北宋ほくそうの皇室とゆかりの深かった名刹。『水滸伝すいこでん』では魯智深ろちしんが菜園番をした寺として登場する。

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開封府かいほうふ・包公祠ほうこうし

公正な裁きで知られる名判官はんがん・包拯ほうじょう(包青天ほうせいてん)ゆかりの役所と祠ほこら。開封府は復元された建物。

作: 張択端ちょうたくたん / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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杭州こうしゅう

こうしゅう(ハンジョウ)
浙江省せっこうしょうの省都・人口 約1,190万人
古都の名銭塘せんとう臨安りんあん

都とした王朝 呉越ごえつ(五代十国)・南宋なんそう

古都としての歩み

隋ずいの大運河の南の終点として発展し、五代十国の呉越ごえつ国が都を置いた。靖康の変せいこうのへんで開封かいほうを失った南宋なんそうは、仮の都「行在あんざい」としてこの地を臨安りんあんと名づけ、約150年にわたり事実上の首都とした。元代に訪れたマルコ・ポーロは「世界で最も美しく華はなやかな都市」と称たたえたと伝えられる。

現在の姿

現在は浙江省せっこうしょうの省都で、アリババの本社があることで知られるIT・ネット通販の一大拠点。2016年のG20サミット、2023年のアジア競技大会の開催地でもある。「上に天国あり、下に蘇州そしゅう・杭州こうしゅうあり」とうたわれた水と緑の景観は今も健在で、西湖の周りでは龍井茶の茶畑も見られる。

銭塘江沿いの新都心・銭江新城
銭塘江せんとうこう沿いの新都心・銭江せんこう新城
写真: MasaneMiyaPA / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
球形の杭州国際会議センターと銭江新城の夜景
球形の杭州こうしゅう国際会議センターと銭江せんこう新城の夜景
写真: EditQ / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
西湖のほとりに広がる市街地
西湖のほとりに広がる市街地
写真: User:CatOnMars / Wikimedia Commons, CC BY 4.0
歴史的な観光地
西湖

白居易はくきょいや蘇軾そしょくが堤つつみを築いた湖で、「西湖十景」と呼ばれる名所が点在する。世界遺産。

霊隠寺れいいんじ

東晋の時代に創建されたと伝わる古刹。境内の飛来峰ひらいほうには、岩壁に彫られた数多くの仏像が残る。

岳王廟
岳王廟がくおうびょう

金と戦った南宋なんそうの名将・岳飛がくひを祀まつる廟びょう。岳飛がくひを陥おとしいれた秦檜しんかい夫妻の跪ひざまずく像がある。

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雷峰塔らいほうとう・六和塔りくわとう

呉越ごえつ国の時代に建てられた塔。雷峰塔らいほうとうは1924年に倒れて2002年に再建、六和塔りくわとうは銭塘江せんとうこうを見下ろす。

南宋なんそう御街ぎょがい・臨安城りんあんじょう遺跡いせき

南宋なんそうの皇帝が通った大通りの跡は、古い商店が並ぶ歩行者ほこうしゃ天国に。皇城跡の発掘はっくつも進む。

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京杭大運河・良渚古城遺跡
京杭大運河・良渚りょうしょ古城遺跡いせき

北京へ続く大運河の終点(拱宸橋きょうしんきょう付近)と、約5000年前の都市遺跡いせき。どちらも世界遺産。

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写真: Morio / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
写真: Vmenkov / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
安陽
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安陽あんよう

あんよう(アンヤン)
河南省の地級市・人口 約550万人
古都の名殷いん鄴ぎょう(近郊)相州そうしゅう

都とした王朝 殷いん(後期)/近郊の鄴ぎょうに曹魏そうぎ(王都)・後趙こうちょう・前燕ぜんえん・東魏とうぎ・北斉ほくせい

古都としての歩み

殷いんの王盤庚ばんこうが都を移したと伝わり、約250年にわたって殷いん後期の都が置かれた。20世紀にここから甲骨文字こうこつもじを刻んだ骨や亀かめの甲羅こうらが大量に見つかり、伝説とされていた殷いん王朝の実在が証明しょうめいされた。市の北の鄴ぎょうは曹操そうそうが魏王として本拠ほんきょとした都市で、のちに北朝の諸王朝も都を置いた。

現在の姿

現在は河南省北部の地方都市で、鉄鋼などの工業が盛ん。1988年に中国の古都に数えられ、「八大古都」の一つとなった。漢字のふるさととして文字の博物館があり、2009年には曹操そうそうの墓とされる「曹操高陵そうそうこうりょう」の発見が発表されて話題を集めた。

高層住宅が並ぶ市街地
高層住宅が並ぶ市街地
写真: xiquinhosilva / Wikimedia Commons, CC BY 2.0
北京と広州を結ぶ高速鉄道の安陽東駅
北京と広州を結ぶ高速鉄道の安陽あんよう東駅
写真: xiquinhosilva / Wikimedia Commons, CC BY 2.0
歴史的な観光地
殷墟
殷墟いんきょ

殷いんの王宮・宗廟そうびょうの跡と王墓群。甲骨文字こうこつもじが見つかった坑や、戦車せんしゃを埋うめた車馬坑しゃばこうが見学できる。世界遺産。

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中国文字博物館

甲骨文字こうこつもじから現代の漢字まで、文字の歴史をたどる国立の博物館。2009年開館。

曹操高陵そうそうこうりょう遺址いし博物館

曹操そうそうの墓とされる陵墓りょうぼの上に建てられ、2023年に開館。埋葬まいそうされた部屋を見下ろすことができる。

羑里城ゆうりじょう・岳飛がくひ廟びょう

周の文王が殷いんの紂王ちゅうおうに幽閉ゆうへいされたと伝わる地と、岳飛がくひの故郷に建つ廟びょう。ともに市南部の湯陰県とういんけんにある。

紅旗渠こうきょ

1960年代に林州りんしゅうの人々が断崖だんがいを切り開いて手作業で築いた全長約1500kmの用水路。

Wikimedia Commons(CC BY)
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鄭州ていしゅう

ていしゅう(ジョンジョウ)
河南省の省都・人口 約1,260万人
古都の名亳はく(説)隞ごう(説)管かん鄭てい

都とした王朝 殷いん(前期)/周辺に夏の都の候補地も

古都としての歩み

市の中心部に、約3600年前の殷いん(商)前期の都の城壁じょうへき「鄭州ていしゅう商城しょうじょう」が残る。殷いんを開いた湯王とうおうの都「亳はく」とする説と、のちの王仲丁ちゅうていが移った「隞ごう」とする説がある。近郊の登封とうほうには夏の都とする説のある遺跡いせきもあり、2004年に「八大古都」に加えられた。

現在の姿

現在は河南省の省都で、人口1200万人を超こえる中原ちゅうげん最大の都市。南北・東西の幹線鉄道が交わる中国屈指くっしの交通の要かなめで、高速鉄道網の拠点きょてんとなっている。スマートフォンの大工場がある工業都市としても知られる。

新都心・鄭東新区の高層ビル群
新都心・鄭東ていとう新区の高層ビル群
写真: Windmemories / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
遠くから望む鄭東新区の中心業務地区
遠くから望む鄭東ていとう新区の中心業務地区
写真: Windmemories / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
大学が集まる龍子湖地区
大学が集まる龍子湖りゅうしこ地区
写真: Windmemories / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
歴史的な観光地
少林寺しょうりんじ・嵩山すうざん

達磨だるまが修行したと伝わる禅宗と少林拳の寺。五岳の一つ・嵩山すうざんにあり、周辺の古建築とともに世界遺産「天地之中」に登録。

中岳廟ちゅうがくびょう・嵩陽書院すうようしょいん・観星台かんせいだい

嵩山すうざんの神を祀まつる廟びょう、宋代の四大書院の一つ、元の郭守敬かくしゅけいが天体観測を行った台。いずれも世界遺産。

河南博物院

中原ちゅうげんで出土した青銅器や玉器を集めた中国有数の博物館。古代の楽器を使った演奏会も開かれる。

鄭州ていしゅう商城しょうじょう遺址いし

市街地に残る殷いん代前期の城壁じょうへきの跡。遺址いし公園と博物館で整備されている。

黄河風景名勝区

黄河のほとりの景勝地。伝説上の帝王・炎帝えんていと黄帝こうていの巨大な像が山に彫られている。

大同
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大同

だいどう(ダートン)
山西省の地級市・人口 約310万人
古都の名平城へいじょう西京

都とした王朝 北魏ほくぎ(前期)/遼りょう・金きんの副都

古都としての歩み

鮮卑せんぴ族の北魏ほくぎが398年に都を置いた「平城へいじょう」の地。華北かほくを統一した北魏ほくぎの都として栄え、孝文帝こうぶんていが494年に洛陽へ都を移すまで約100年続いた。その間に雲岡石窟うんこうせっくつが彫られ、仏教文化の一大中心地となった。のちに遼りょうと金きんも副都「西京」を置いている。

現在の姿

現在は山西省北部の都市で、長く「石炭の都」として発展してきた。近年は観光に力を入れ、明代の城壁じょうへきを修復・再建して古い町並みを蘇よみがえらせた。万里の長城に近い、北方の古都の趣おもむきを残している。

南門付近から望む旧市街と市街地
南門付近から望む旧市街と市街地
写真: Charlie fong / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
高速鉄道の大同南駅
高速鉄道の大同南駅
写真: Vikarna / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
歴史的な観光地
雲岡石窟
雲岡石窟うんこうせっくつ

460年ごろから北魏ほくぎの皇帝の命で彫られた石窟群。高さ約14mの露坐ろざの大仏が有名。世界遺産。

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懸空寺けんくうじ

断崖だんがいの中腹に張りつくように建つ寺。北魏ほくぎの創建と伝わり、仏教・道教・儒教じゅきょうをあわせて祀まつる。

華厳寺けごんじ

遼りょうの時代に建てられた寺。11世紀の建物と仏像が残る。

九龍壁

明の皇族の屋敷の前に置かれた、9頭の龍を瑠璃るり煉瓦れんがで描えがいた壁かべ。

写真: Thebrainchamber1 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
成都
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成都せいと

せいと(チョンドゥー)
四川省の省都・人口 約2,090万人
古都の名蜀しょく益州えきしゅう錦官城きんかんじょう

都とした王朝 古蜀しょく・成家せいか・蜀漢しょくかん・成漢せいかん・前蜀ぜんしょく・後蜀こうしょく

古都としての歩み

秦しんの李冰りひょうが築いた都江堰とこうえんの水利によって豊かな穀倉地帯こくそうちたいとなり、「天府の国」と呼ばれた四川盆地の中心。三国時代には劉備りゅうびが蜀漢しょくかんを建てて都とし、諸葛亮しょかつりょうが国を治めた。唐とうの時代には杜甫とほがこの地に草堂そうどうを結び、五代十国の前蜀ぜんしょく・後蜀こうしょくも都を置いている。

現在の姿

現在は人口2000万人を超こえる西南地方最大の都市で、IT・電子産業の拠点。ジャイアントパンダの研究基地や、辛い四川料理しせんりょうり・火鍋ひなべでも知られる。茶館でのんびり過ごす「ゆったりした暮らし」の街としても人気が高い。

南部の天府新区に広がる金融・ビジネス街
南部の天府新区に広がる金融・ビジネス街
写真: Kkkev999 / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
市街地とテレビ塔
市街地とテレビ塔
写真: George N / Wikimedia Commons, CC BY 2.0
晴れた日には市街地の向こうに雪山が見える
晴れた日には市街地の向こうに雪山が見える
写真: FISU / Wikimedia Commons, CC BY 3.0
歴史的な観光地
武侯祠
武侯祠ぶこうし

諸葛亮しょかつりょうと劉備りゅうびを祀まつる廟びょうで、劉備りゅうびの墓「恵陵けいりょう」もある。隣の錦里きんりは古い街並みを再現した繁華街はんかがい。

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杜甫とほ草堂そうどう

安史の乱あんしのらんを逃のがれた杜甫とほが暮らした住まいの跡。竹林に囲まれた庭園になっている。

都江堰とこうえん

紀元前3世紀に築かれ、今も使われ続ける水利施設。道教の聖地・青城山せいじょうざんとあわせて世界遺産。

金沙きんさ遺跡いせき・三星堆さんせいたい

古蜀しょく文明の遺跡いせき。金沙は市内、目の飛び出た青銅仮面で知られる三星堆さんせいたいは北へ約40kmの広漢市こうかんしにある。

パンダ繁育はんいく研究基地

ジャイアントパンダの保護と繁殖を行う施設。朝の食事どきが観察のねらい目。

写真: Daderot / Wikimedia Commons(パブリックドメイン, CC0)

よくある疑問

Q. 長安ちょうあんは今のどこですか?

陝西省せんせいしょうの省都・西安市です。漢の長安ちょうあん城は現在の市街地の北西に、隋ずい・唐とうの長安ちょうあん城は現在の旧市街を中心とする一帯にありました。明代に築かれた今の西安城壁じょうへきは、唐とうの皇城を基礎にしています。

Q. 中国の「八大古都」とはどこですか?

西安・洛陽らくよう・南京・北京・開封かいほう・杭州こうしゅう・安陽あんよう・鄭州ていしゅうの8都市です。はじめは西安・洛陽らくよう・南京・北京の「四大古都」、開封かいほうを加えた「五大古都」と呼ばれ、のちに杭州こうしゅう・安陽あんよう(1988年)・鄭州ていしゅう(2004年)が加わりました。

Q. 古都をめぐる旅行ならどこから行くのがおすすめですか?

初めてなら、兵馬俑へいばようや城壁じょうへきがそろう西安と、故宮こきゅう・長城のある北京が定番です。西安・洛陽らくよう・鄭州ていしゅう・開封かいほうは高速鉄道で結ばれているため、中原ちゅうげんの古都をまとめてめぐることもできます。南京と杭州こうしゅうも上海から高速鉄道で1時間ほどです。

Q. 日本の都はどの中国の古都を手本にしたのですか?

奈良の平城京や京都の平安京は、唐とうの長安ちょうあん城を手本にしたとされます。碁盤の目のような街路や、北の中央に宮城を置き南へ朱雀大路を通す配置は長安ちょうあんにならったものです。京都の東半分を「洛陽」、西半分を「長安ちょうあん」と呼んだこともあり、「上洛じょうらく」「洛中」の「洛」はその名残です。

夏から中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくまで、どの王朝がどこに都を置いたのかを時代順にたどるページや、世界遺産のまとめもあわせてどうぞ。

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