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三
三国 / 220 – 280

馬超ばちょう

西涼の群雄馬騰ばとうの子で、のちに劉備りゅうびに仕えた蜀の猛将。潼関どうかんの戦いで曹操そうそうを窮地に追い込んだ。

馬超
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

生涯・業績

扶風ふふう郡の出身で、涼州で勢力を張った馬騰ばとうの長男として生まれた。羌族など西方の異民族からも畏敬を集める勇将で、211年には韓遂かんすいら関中の諸将と結んで曹操そうそうに反旗を翻した(潼関どうかんの戦い)。一時は曹操を危うい目に遭わせるほど善戦したが、曹操の離間策によって韓遂との連携を崩され敗北した。この挙兵の結果、都にいた父馬騰ら一族は処刑されている。

その後も涼州で抵抗を続けたが敗れ、漢中の張魯ちょうろのもとに身を寄せた後、214年に益州を攻めていた劉備りゅうびに帰順した。馬超の来援を聞いた益州の劉璋りゅうしょうは戦意を失って降伏したとされ、その威名がいかに大きかったかを物語る。蜀漢では驃騎将軍などの高位に就いたが、222年に47歳で病没した。