220王朝
魏の建国(曹丕)
父曹操は生涯皇帝を称することなく後漢の丞相・魏王として実権を握るにとどまったが、その死後まもなく後を継いだ曹丕は献帝に禅譲を迫り、220年に皇帝へ即位して魏を建てた。都は後漢以来の洛陽に置かれ、父の代から積み重ねられてきた華北統一の実績を土台に、名実ともに新王朝としての体裁を整えることになる。これにより高祖劉邦の建国以来、前漢・後漢を通じて400年余り続いた漢王朝は名実ともに終焉を迎えることになった。禅譲を受けた献帝は殺害されることなく山陽公に封じられ、その後も比較的穏やかな余生を送ったと伝えられており、この処遇は後の王朝交代における一つの先例ともなった。曹丕は文才にも優れた人物として知られ、みずから著した文学論『典論』論文篇は中国最初期の本格的な文学評論として高く評価されている。魏の建国を皮切りに、翌221年には劉備が蜀漢を、222年には孫権が呉を、それぞれ皇帝を称して独立を宣言し、ここに三国が並び立つ時代が正式に幕を開けることになった。魏は後の265年に司馬炎に禅譲するまでの約45年間、三国のうち最大の国力を誇る国として華北を統治し続けた。
関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
禅
禅陵
河南省焦作市修武県にある後漢最後の皇帝献帝(山陽公)の陵墓。禅譲後に封じられた山陽の地に葬られたと伝わる。
関連する人物
曹丕
曹操の子で魏の初代皇帝(文帝)。後漢献帝から禅譲を受けて即位し、文学者としても『典論』などの著作を残した。
伝: 閻立本(唐代)「歴代帝王図巻」 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
後漢最後の皇帝。董卓に擁立され、のちに曹操の庇護下に置かれたのち、曹丕に帝位を譲って後漢は滅亡した。
清代の肖像画 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
魏の猛将。合肥の戦いでわずかな兵で孫権の大軍を撃退し、その武名は江東に轟いた。
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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