孫堅の長男で孫権の兄。若くして江東を平定し、呉の基盤を築いた。その勇猛さから「小覇王」と呼ばれる。
長沙太守として董卓討伐で名を上げた孫堅の長男として生まれたが、父が劉表との戦いで戦死すると、若くして一族を率いる立場となった。当初は袁術の配下に身を寄せていたが、父の旧臣と少数の兵を率いて長江を渡り、周瑜の協力も得てわずか数年のうちに江東一帯を平定した。
その勇猛さと、兵を愛し民に略奪をさせない統率ぶりで人心をつかみ、項羽になぞらえて「小覇王」と称された。袁術が皇帝を僭称するとこれと決別して独立勢力となり、曹操と袁紹が争う隙を突いて都の許を襲う計画も立てていたとされる。しかし200年、かつて討った許貢の食客に襲われて重傷を負い、26歳の若さで世を去った。臨終に際し、弟の孫権に後事を託した言葉は、呉の国づくりの出発点として語り継がれている。