三
三国 / 220 – 280
221王朝

蜀漢の建国(劉備りゅうび)

前漢の景帝けいていの子孫を称する劉備りゅうびは、若くして各地を転戦しながらも独自の勢力基盤を持てずにいたが、諸葛亮しょかつりょうを軍師に迎え荊州・益州を確保したことでようやく確固たる地盤を築いた。221年、曹丕そうひの魏建国と後漢滅亡の報を受けると、劉備は漢王室の正統な後継者を自任して皇帝に即位し、成都を都に蜀(蜀漢)を建てた。これにより自らを漢の正統な継承者と位置づけ、簒奪者と見なす魏に対する対決姿勢を鮮明にしたのである。即位直後には義兄弟であった関羽かんうの仇討ちを名目に呉へ出兵するが、夷陵の戦いで陸遜りくそん率いる呉軍に大敗を喫し、まもなく病没してしまう。劉備の死後は幼い劉禅りゅうぜんが後を継ぎ、丞相諸葛亮が全権を委ねられて国政を主導していくことになる。

関連する建造物・国宝・人物
※ 画像はWikimedia Commonsのパブリックドメイン/CCライセンス素材を使用しています(各画像下にクレジット表記)
建造物・遺跡
武侯祠(成都)
武侯祠ぶこうし(成都)
四川省成都市にある諸葛亮しょかつりょうを祀る祠廟。劉備りゅうびの陵墓「惠陵けいりょう」も同じ敷地内にあり、三国時代ゆかりの代表的な史跡となっている。
写真: Daderot / Wikimedia Commons(パブリックドメイン, CC0)
関連する人物
劉備
漢の皇族の血を引くことを称して蜀漢を建てた初代皇帝。関羽かんう・張飛ちょうひ・諸葛亮しょかつりょうら多くの人材を集めたことで知られる。
Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
関羽
劉備りゅうびの義弟として知られる蜀の武将。忠義と武勇の象徴として後世神格化され、「関帝」として今も広く信仰されている。
『三才図会』(明代) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
張飛
劉備りゅうびの義弟で蜀の猛将。長坂ちょうはんの戦いで橋の上に立ちはだかり、曹操そうそう軍を一喝して退けた逸話で知られる。
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
趙雲
蜀の武将。長坂ちょうはんの戦いで劉備りゅうびの幼い息子劉禅りゅうぜんを救い出した逸話で知られ、忠勇兼備の名将として人気が高い。
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
馬超
西涼の群雄馬騰ばとうの子で、のちに劉備りゅうびに仕えた蜀の猛将。潼関どうかんの戦いで曹操そうそうを窮地に追い込んだ。
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
黄忠
蜀の老将。定軍山ていぐんざんの戦いで魏の名将夏侯淵かこうえんを討ち取り、劉備りゅうびの漢中かんちゅう制圧に大きく貢献した。
清代『三国志演義』挿絵 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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