武断政治への反省から、趙匡胤は文治主義を掲げて新王朝を開く。科挙官僚が国を動かし、経済と文化は爛熟の域に達する——だが北方の異民族国家に圧迫され続けた宋は、軍事的には終始劣勢を強いられた。そして女真族・金の南下により、都は陥落する。