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北
北宋 / 960 – 1127

司馬光しばこう

新法に反対した旧法党の中心人物。政治家であると同時に、編年体の歴史書『資治通鑑』を編纂した歴史家としても知られる。

司馬光
『晩笑堂竹荘畫傳』 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

生涯・業績

幼い頃、水がめに落ちた友人を助けるため、とっさに石でかめを割って水を抜いたという逸話(司馬光瓮を破るしばこうかめをやぶる)で知られる司馬光は、若くして科挙に合格した秀才であり、長く朝廷に仕える中で伝統的な統治のあり方を重んじる姿勢を強めていった。王安石おうあんせきが神宗のもとで急進的な「新法」を推し進めると、司馬光はその性急さと現実離れした側面を厳しく批判し、旧来の制度を重んじる旧法党の中心人物として新法党と激しく対立した。

改革をめぐる政争のさなか、司馬光は中央の要職を退いて洛陽に隠棲し、以後十数年をかけて中国史上最大級の編年体通史『資治通鑑しじつがん』の編纂に没頭した。戦国時代から北宋建国直前までの約1400年間を、時の政治に資する教訓を得るという明確な目的意識のもとで丹念にまとめ上げたこの大著は、後世の為政者や学者にとって不可欠の参考書となった。神宗の死後、旧法党が政権に復帰すると司馬光は宰相として新法の大半を廃止したが、まもなく病没した。改革者としての王安石としばしば対比されるが、実証に基づく徹底した史料批判の姿勢は、歴史家としての司馬光の評価を不動のものにしている。