北
北宋 / 960 – 1127
1115対外関係

金の建国

遼の支配下で女真じょしん族を統率していた完顔阿骨打わんやんあくだは、遼の圧政に対する不満を背景に女真諸部族を統一し、1114年の寧江州ねいこうしゅうの戦いで遼軍を破ると急速に勢力を拡大した。翌1115年、完顔阿骨打は皇帝を称して国号を金と定め、会寧かいねい(上京じょうけい、現・黒竜江省)を都として新王朝を樹立した。当初金は遼への抵抗勢力として台頭したにすぎなかったが、燕雲十六州えんうんじゅうろくしゅうの奪還を悲願としていた北宋の徽宗きそう政権はこれに着目し、金と結んで南北から遼を挟撃する「海上の盟」を締結するに至る。しかしこの同盟は結果的に宋にとって「引き狼入室(狼を家に招き入れる)」となり、遼滅亡後まもなく金は矛先を宋自身に転じることになり、北宋滅亡(靖康の変)へとつながる重大な布石となった。

関連する建造物・国宝・人物
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関連する人物
完顔阿骨打(金太祖)
完顔阿骨打わんやんあくだ(金太祖)
金の建国者。女真じょしん諸部族を統一して遼からの自立を果たし皇帝に即位した。当初は北宋と同盟して遼を挟撃したが、この同盟は後に北宋自身の滅亡を招く伏線となった。
写真: Slb nsk(金上京歴史博物館) / Wikimedia Commons(CC BY-SA)
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