唐
唐 / 618 – 907
907戦争・動乱

朱全忠しゅぜんちゅう、唐を簒奪

黄巣こうそうの乱で一時は反乱軍に加わっていた朱全忠しゅぜんちゅう(朱温しゅおん)は、後に唐に帰順して官軍として乱の鎮圧に貢献し、その過程で最も有力な節度使としての地位を築き上げた。903年には長安ちょうあんから洛陽への強制遷都を主導して宦官勢力を一掃し、904年には皇帝昭宗しょうそうを暗殺して幼い哀帝がいていを擁立するなど、唐朝廷を完全に傀儡化していった。そして907年、朱全忠はついに哀帝から禅譲という形式を取って帝位を奪い、国号を後梁こうりょうと定めて自ら皇帝に即位した。これにより618年の建国から289年続いた唐王朝は名実ともに滅亡し、以後半世紀にわたり中国は五代十国ごだいじっこくと呼ばれる小国乱立の分裂時代へと突入することになる。

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関連する人物
朱全忠(朱温)
朱全忠しゅぜんちゅう(朱温しゅおん)
唐末の最有力節度使。皇帝を廃して自ら即位し後梁こうりょうを建てたことで唐を滅亡させ、以後半世紀続く五代十国ごだいじっこくの分裂時代の幕を開いた。
『中国歴代名人画像譜』(2003年刊) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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