黄巣の乱で一時は反乱軍に加わっていた朱全忠(朱温)は、後に唐に帰順して官軍として乱の鎮圧に貢献し、その過程で最も有力な節度使としての地位を築き上げた。903年には長安から洛陽への強制遷都を主導して宦官勢力を一掃し、904年には皇帝昭宗を暗殺して幼い哀帝を擁立するなど、唐朝廷を完全に傀儡化していった。そして907年、朱全忠はついに哀帝から禅譲という形式を取って帝位を奪い、国号を後梁と定めて自ら皇帝に即位した。これにより618年の建国から289年続いた唐王朝は名実ともに滅亡し、以後半世紀にわたり中国は五代十国と呼ばれる小国乱立の分裂時代へと突入することになる。