唐
唐 / 618 – 907
755戦争・動乱

安史の乱

晩年の玄宗げんそうは寵妃楊貴妃ようきひへの寵愛にかまけて政務を顧みなくなり、その一族楊国忠ようこくちゅうと、平盧・范陽・河東の三節度使を兼ねる強大な軍事力を握った安禄山あんろくざんとの対立が深まっていった。755年、安禄山は范陽で挙兵し、翌756年には洛陽・長安ちょうあんを相次いで陥落させ、玄宗は蜀(四川)へ逃れる途上、馬嵬駅ばかいえきで兵士たちの要求により楊貴妃を自害させざるを得なかったと伝えられる。皇太子李亨りこうは霊武れいぶで即位して粛宗しゅくそうとなり、ウイグル(回紇かいこつ)の援軍を得て長安・洛陽を奪還したが、反乱そのものは安禄山の死後も部将史思明ししめいらに引き継がれ、763年まで8年近くにわたって続いた。この大乱により華北の人口は激減し、律令制の根幹であった均田制・租庸調制は崩壊、乱後は各地に自立性の強い藩鎮(節度使)が割拠する体制が定着し、唐は「安史の乱」を境に繁栄の絶頂から緩やかな衰退へと向かうことになる。

関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
華清池(華清宮)
華清池かせいち(華清宮かせいきゅう)
西安近郊の温泉地に築かれた離宮。玄宗げんそうと楊貴妃ようきひが寵愛の日々を過ごした場所として知られ、遺構が観光地として整備されている。
Wikimedia Commons(CC BY-SA)
関連する人物
楊
玄宗げんそう晩年の寵妃。安史の乱の勃発後、都落ちの途上で馬嵬駅ばかいえきにて自害を命じられたと伝わり、その悲劇は白居易はくきょいの詩『長恨歌』などにより後世広く語り継がれた。
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映画・ドラマ
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書籍・漫画
『長恨歌』(白居易)
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