唐
唐 / 618 – 907
626戦争・動乱

玄武門げんぶもんの変・太宗即位

皇太子李建成りけんせいとその弟李元吉りげんきつは、数々の軍功を挙げて声望を高める次男李世民りせいみんを危険視し、暗殺を謀ったとされる。これを察知した李世民は626年、長安ちょうあん城の北門玄武門げんぶもんに伏兵を配して兄李建成と弟李元吉を殺害し、父高祖に迫って自らを皇太子とさせ、まもなく譲位を受けて太宗として即位した。骨肉の争いを経て即位した太宗であったが、諫言をいとわない名臣魏徴ぎちょうらを重用し、質素倹約と民力の休養に努めた結果、後世「貞観の治」と呼ばれる安定した善政の時代を築き上げることになる。この治世の様子は後に『貞観政要』としてまとめられ、以後の東アジア各地の為政者にとって理想的な統治の手本として長く読み継がれた。

関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
昭陵
昭陵しょうりょう
太宗の陵墓。陝西省に所在し、建国期の戦いで太宗が乗った6頭の愛馬を描いた浮彫「昭陵六駿しょうりょうろくしゅん」で知られる(現在一部は米国の博物館に所蔵されている)。
写真: Acstar / Wikimedia Commons(CC BY-SA)
関連する人物
唐太宗(李世民)
唐の第2代皇帝。玄武門の変を経て即位し、名臣を重用した「貞観の治」と呼ばれる安定した治世を築いた、中国史上屈指の名君として知られる。
『南薫殿図像』(国立故宮博物院蔵) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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