1949年10月1日、北京の天安門楼上に立った毛沢東は「中華人民共和国中央人民政府成立」を高らかに宣言し、長期にわたった国共内戦は共産党の勝利という形でひとまずの決着を見た。この日、天安門広場には推定30万人ともいわれる群衆が集まり、祝賀のパレードや花火が行われたと伝えられる。新政権はソ連を範とする社会主義建設路線を採用し、都市部での工商業の国有化や農村部での土地改革(地主から農民への土地再分配)を急速に進めていった。以後、天安門とその前に広がる天安門広場は、国慶節の軍事パレードをはじめとする国家的な政治儀礼が執り行われる象徴的な空間として、現在に至るまで中国の政治体制における中心的な役割を担い続けている。