今
中華人民共和国 / 1949 – 現在
1958文化

大躍進政策だいやくしんせいさく

毛沢東もうたくとうは「イギリスに15年で追いつき追い越す」という目標を掲げ、農村の隅々にまで小型の溶鉱炉を設置して増産を図る「土法炼鋼」運動や、農業生産・生活のすべてを一体化して管理する「人民公社じんみんこうしゃ」化を急進的に推し進めた。しかしこの過程では、地方幹部が上級機関への報告で収穫量を実態以上に水増しする「浮夸風」と呼ばれる現象が広がり、これに基づいて設定された過大な穀物供出割当が農村から必要な食糧までも奪う結果を招いた。加えて自然災害や、鉄鋼増産のため農作業の労働力・農具までもが転用されたことも重なり、1959年から1961年にかけて中国は深刻な食糧不足に見舞われることとなる。この期間の犠牲者数については研究者の間でも推計に大きな幅があり、数百万人から4000万人規模に及ぶとする説まで存在するが、いずれにせよ20世紀有数の人為的な大飢饉であったとする点では見解が一致しており、政策自体も1960年代初頭には事実上撤回されることとなった。

関連作品
※ 一部のリンクはAmazonアソシエイトによるアフィリエイト広告を含みます
書籍・漫画
『墓碑—中国大飢饉の真実』(楊継縄)
広告