今
中華人民共和国 / 1949 – 現在
1978文化

改革開放政策の開始

文化大革命終結後の激しい党内権力闘争を経て、1978年12月に開かれた中国共産党第11期三中全会において、鄧小平とうしょうへいは事実上の最高指導者としての地位を確立し、「階級闘争」路線から経済建設中心の路線への歴史的な転換を打ち出した。「白猫でも黒猫でもネズミを捕るのが良い猫である」という言葉に象徴される実利重視の姿勢のもと、農村では人民公社を解体して各農家が生産を請け負う「生産請負制」が導入され、農業生産性が大きく向上した。都市部・沿海部では深圳しんせん・珠海しゅかい・厦門あもい・汕頭スワトウに経済特区が設置され、外国資本や技術の導入、輸出加工型の産業育成が積極的に進められることとなる。この改革開放路線は以後数十年にわたり平均で年率2桁近い高度経済成長を持続させる出発点となり、中国が後に「世界の工場」と呼ばれる存在へと変貌を遂げる大きな転機となった。

関連する建造物・国宝・人物
※ 画像はWikimedia Commonsのパブリックドメイン/CCライセンス素材を使用しています(各画像下にクレジット表記)
建造物・遺跡
深
深圳しんせん・拓荒牛たくこうぎゅう像
深圳しんせん市政府庁舎前に立つブロンズ像。改革開放初期の開拓精神を象徴するモニュメントとして知られる。
関連する人物
鄧小平
文革後の中国共産党の実質的最高指導者。改革開放路線を主導し、以後の中国の経済成長路線を方向づけた。
1979年、訪米時の公式写真(米国国立公文書館蔵) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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