今
中華人民共和国 / 1949 – 現在
1989戦争・動乱

天安門事件

1989年4月、改革派の指導者として知られた胡耀邦前総書記の死去を悼む集会をきっかけに、北京の学生を中心とする若者たちが天安門広場に集まり、政治改革や言論の自由、汚職の追放などを求める抗議行動を開始した。運動は瞬く間に北京以外の主要都市にも広がり、一部の学生はハンガーストライキを行うなどして広場を占拠する状態が数週間にわたり続いた。この間、党内では運動への対応をめぐり、対話による収拾を模索する穏健派と、断固たる措置を求める強硬派との間で意見の対立があったとされる。5月20日には北京に戒厳令が布告され、6月3日深夜から4日未明にかけて人民解放軍が装甲車両を伴って広場周辺の制圧に乗り出し、これに抵抗する市民・学生との間で衝突が発生した。この際の死傷者数について中国政府による公式な統計は公表されておらず、目撃者の証言や各国政府・研究者による推計にはなお大きな幅がある。事件をめぐる公の議論や追悼行為は現在も中国国内では厳しく制限されている一方、国際社会においては人権や民主化をめぐる歴史的な出来事として、現在に至るまでたびたび取り上げられている。

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