当初は装備・兵力で優位に立つと見られていた国民党軍であったが、1948年から49年にかけて満洲・華北・華中で相次いで行われた遼瀋・淮海・平津の三大戦役に連敗し、共産党の人民解放軍が急速に大陸の主導権を握っていった。1949年10月1日、毛沢東は北京の天安門で中華人民共和国の建国を宣言し、これに対し劣勢に立たされた国民政府は同年12月、台北を臨時首都と定めて中国大陸からの撤退を余儀なくされた。この撤退に際しては、故宮に伝わる膨大な文物コレクションや金塊、さらに数十万人規模の軍人・民間人が台湾へと移送され、後に台北の国立故宮博物院として結実する文化的遺産の移転もこの時に行われている。台湾に拠った蒋介石はその後も戒厳令下での一党支配体制を敷きながら「大陸反攻」を掲げ続けたが、その実現に至ることはなく、この1949年の分断こそが今日にまで続く両岸関係の構図の直接の起点となった。