420王朝
劉宋の建国
武将出身の劉裕が東晋の恭帝から禅譲を受けて即位し、国号を宋(劉宋)と定めたことで、南朝の時代が幕を開けた。劉裕は寒門(家柄の低い層)出身の人材登用を進めて貴族の特権に一定の制約を加えたが、即位からわずか2年で病没し、以後の劉宋の宮廷は皇族同士の骨肉の争いに見舞われることになる。南朝では以後、宋・斉・梁・陳という四つの王朝が約170年の間に次々と交代し、いずれも建康(現・南京)を都として漢族の伝統文化を継承していった。この間、江南では貴族文化と仏教文化が花開き、後の中国文化史における重要な蓄積がなされていくことになる。
関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
六
六朝建康城遺跡
東晋・南朝の都であった建康(現・南京)の宮城跡。現在の南京市街地の地下から発掘調査によって基壇や道路の遺構が確認されている。
関連する人物
東晋末から劉宋初期を生きた詩人。官途を離れ田園生活を送り、理想郷を描いた『桃花源記』などの作品は後世の隠逸文学の規範となった。
『晩笑堂竹荘畫傳』 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)