1127王朝
南宋の建国(高宗)
靖康の変で徽宗・欽宗父子ら皇族の多くが金軍に連行されるという未曾有の国難のなか、難を逃れた第九子趙構が即位し高宗となる。当初は応天府(現・河南省商丘)で即位したが金軍の追撃を受けて南へ転じ、幾度もの避難を経て最終的に臨安(現・杭州)に落ち着いた。臨安はあくまで仮の都「行在」と位置づけられ、正式な遷都は宣言されなかったが、これは失地回復の意志を示す政治的建前であったとされる。江南は唐末以来の開発で農業生産力・商業経済が高く、南宋はこの地の富を背景に北宋を凌ぐほどの経済的繁栄を築いていくことになる。
関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
臨
臨安城遺跡(南宋皇城遺址)
杭州の鳳凰山麓に残る南宋皇城の遺構。考古発掘が進められており、当時の宮殿配置をうかがい知る手がかりとなっている。
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