明の初代皇帝洪武帝朱元璋は、貧しい農民の子として生まれ、幼くして両親を失い一時は托鉢僧として放浪した後に紅巾軍に身を投じるという、中国王朝史上でも際立って異色の経歴の持ち主であった。1368年に皇帝に即位すると、丞相の胡惟庸が謀反を企てたとされる「胡惟庸の獄」を機に丞相制度そのものを廃止し、六部(中央官庁)を皇帝に直属させることで空前絶後ともいえる皇帝独裁体制を築き上げた。また里甲制による戸籍管理や、耕地の形状を魚の鱗のように図示した魚鱗図冊の作成など、末端の農村社会にまで及ぶ緻密な統治システムを整備し、中央集権国家の基盤を固めた。一方でその治世後半には、かつての功臣たちを謀反の疑いで大量に粛清する「胡藍の獄」と呼ばれる苛烈な粛清が行われ、数万人ともいわれる人々が命を落としたとされる。