西周の滅亡を受け、諸侯の支持を得た平王へいおうは都を鎬京こうけいから東方の洛邑らくゆう(現在の洛陽)へと移した。この遷都以後の周を「東周」と呼び、その前半期にあたる時代が「春秋時代」と称される。東遷を境に周王室の直轄領は大きく縮小し、諸侯に対する軍事的・経済的な優位を失ったことで、その権威は次第に形式的・儀礼的なものへと変質していった。これに代わって、独自の軍事力と経済力を背景に諸侯間の秩序を主導する有力諸侯、すなわち「覇者」が台頭する時代が始まることになる。