わずか8歳で即位した康熙帝は、15歳の時に専横を極めていた重臣鰲拝を排除して親政を開始すると、以後61年という中国歴代皇帝中最長の在位期間を通じて清の統治基盤を盤石なものへと築き上げていった。即位早々には呉三桂ら旧明の降将たちが起こした大規模な反乱「三藩の乱」を8年がかりで鎮圧し、1683年には台湾に拠っていた鄭氏政権を降して版図に組み込んだ。対外的にはロシアとの間でネルチンスク条約を締結して国境を画定し、モンゴル高原西部のジュンガル部に対しても親征を行うなど、内陸アジア方面への影響力拡大にも努めた。さらに『康熙字典』の編纂に代表される大規模な文化事業を推進し、学芸を篤く保護したことでも知られ、その治世は続く雍正・乾隆の両治世と合わせて「康雍乾盛世」と呼ばれる清朝最盛期の礎を築くことになった。