南朝最後の王朝陳は、皇帝陳叔宝(陳後主)が政務を顧みず享楽的な宮廷生活にふけったことで国力が著しく衰えており、自ら作ったとされる艶麗な楽曲「玉樹後庭花」は、後世亡国の音楽の代名詞として語られるようになる。589年、隋の大軍が長江を渡って建康に迫ると陳はほとんど抵抗できないまま降伏し、西晋滅亡以来約270年にわたり分裂していた中国は隋のもとに再統一された。これにより南朝・北朝と呼ばれた並立時代は終わりを告げ、江南の経済力・文化的蓄積と華北の軍事力・統治機構が一つの王朝のもとに統合されることとなった。南北朝期に培われた貴族文化や仏教文化の多くは、その後の隋唐帝国の文化的基盤として受け継がれていく。
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