南斉の一族であった蕭衍は南斉末の内紛に乗じて挙兵し、502年に禅譲を受けて梁を建国、後に武帝と称された。武帝は48年という南朝屈指の長期政権を築き、文学や仏教を篤く保護したことで知られ、皇太子蕭統が編纂を主導した詩文選集『文選』はこの時代の文化的達成を象徴する。仏教への傾倒は特に著しく、自ら出家して寺に入る「捨身」を四度にわたり行い、そのたびに臣下が莫大な資金を払って寺から迎え戻したと伝えられ、「皇帝菩薩」とも呼ばれた。しかし晩年の548年には投降してきた武将侯景の反乱を招き、都建康を包囲されて幽閉のうちに餓死したと伝わり、栄華を極めた治世は悲劇的な結末を迎えることになる。