隋
隋 / 581 – 618
581王朝

隋の建国(楊堅ようけん)

北周ほくしゅうの外戚として重きをなしていた楊堅ようけんは、幼い静帝せいていから禅譲を受ける形で隋を建国し、文帝として即位した。楊堅もまた宇文泰うぶんたいが組織した関隴集団かんろうしゅうだんの出身であり、南北朝末期の軍事貴族層から統一王朝の創始者が生まれるという流れを体現する人物であった。文帝は即位後ただちに中央官制や税制の整備に着手し、後の南朝陳征服とあわせて約300年ぶりとなる中国統一への道筋をつけていく。なお皇后独孤氏どっこしは政治にも強い発言力を持ち、文帝が側室を持つことを厳しく戒めたという逸話が伝わっており、後宮のあり方としては当時としては異色であったとされる。

関連する建造物・国宝・人物
※ 画像はWikimedia Commonsのパブリックドメイン/CCライセンス素材を使用しています(各画像下にクレジット表記)
関連する人物
隋文帝(楊堅)
隋文帝ずいぶんてい(楊堅ようけん)
隋の建国者。南北朝の分裂を終わらせて中国を再統一し、律令制や科挙の前身となる官僚登用制度など後の唐にも受け継がれる諸制度の基礎を築いた。
伝: 閻立本(唐代)「歴代帝王図巻」 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
広告