隋
隋 / 581 – 618
589王朝

陳を滅ぼし中国再統一

隋の文帝は将軍賀若弼がじゃくひつ・韓擒虎かんきんこらに命じて長江を渡らせ、享楽的な生活で国力を落としていた南朝なんちょう最後の王朝陳を攻めさせた。皇帝陳叔宝ちんしゅくほう(陳後主ちんこうしゅ)はほとんど組織的な抵抗ができないまま都建康けんこうで捕らえられ、南朝はあっけなく滅亡した。これにより西晋せいしん滅亡(316年)以来約270年、あるいは後漢ごかん末の分裂から数えればさらに長期間にわたって続いた中国の分裂状態がついに終わりを告げ、隋のもとで南北が一つの王朝に統合された。この統一によって江南の豊かな経済力と文化的蓄積が北の統治機構と結びつき、後の唐代における空前の繁栄を準備する基盤が形成されることになった。

関連する建造物・国宝・人物
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関連する人物
陳叔宝(陳後主)
陳叔宝ちんしゅくほう(陳後主ちんこうしゅ)
南朝なんちょう最後の皇帝。享楽的な生活で知られ、自作と伝わる楽曲「玉樹後庭花」は後世、亡国の象徴として語られるようになった。
伝: 閻立本(唐代)「歴代帝王図巻」 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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