寒門(低い家柄)出身ながら卓越した軍才で頭角を現した劉裕は、孫恩・盧循の乱の鎮圧や後秦への北伐成功などの実績を積み重ね、東晋の実権を掌握していった。420年、劉裕はついに幼帝恭帝から禅譲を受けて自ら皇帝に即位し、国号を宋(劉宋)と定めたことで、司馬氏による約100年間の東晋の歴史が幕を閉じた。これ以降、江南では宋・斉・梁・陳という四つの王朝が交代する南朝の時代が始まり、華北の諸政権(北朝)と対峙する南北朝時代へと移行していく。武人出身者が禅譲という形式を用いて王朝を開くこのパターンは、以後の南北朝時代における政権交代の一つの型となった。