匈奴・鮮卑・羯・氐・羌という「五胡」と呼ばれる北方・西方の諸民族が中原に流入し、前趙・後趙・前燕・後秦・夏など数多くの政権を華北の各地で興しては滅ぼされることを繰り返した。「十六国」という呼称が定着しているが、実際にはこれよりも多くの政権が興亡しており、後世の歴史家崔鴻が代表的な十六の国家をまとめて呼んだことに由来するとされる。多くの政権は建国からわずか数十年で内紛や周辺勢力との抗争により滅び、安定した統治が続くことは稀であった。この混乱の時代を経て、5世紀前半に鮮卑拓跋部の北魏が徐々に華北を統一していくことになる。