東晋とうしんの実力者桓温かんおんは、荊州けいしゅう刺史としての軍事力を背景に三度にわたり華北への北伐を敢行し、一時は洛陽の奪還にも成功するなど軍事的な名声を高めた。しかし369年の第三次北伐では前燕ぜんえんを攻めるも枋頭ほうとうの戦いで大敗を喫し、遠征は失敗に終わった。それでも桓温の権勢は衰えず、晩年には皇帝廃立を強行するなど専横を強め、簒奪をもくろんでいたとも言われるが、志半ばで病没したと伝わる。桓温のように軍事的功績を背景に朝廷の実権を握る武将の存在は、後に劉裕りゅうゆうが禅譲によって東晋を滅ぼす先例ともなった。