東晋末の武将から皇帝に上り詰め、南朝最初の王朝宋(劉宋)を開いた人物。低い身分からの立身出世は南北朝時代を象徴する事例とされる。
東晋の京口(現在の江蘇省鎮江)で貧しい家に生まれた劉裕は、東晋の精鋭部隊「北府軍」の一兵卒から身を起こし、399年に始まる孫恩の乱の鎮圧で頭角を現した。404年には帝位を奪った桓玄を打倒して東晋の帝室を復活させ、以後は朝廷の実権を握るようになった。
その後は北伐を重ね、410年に南燕を、417年には後秦を滅ぼして、一時は旧都長安と洛陽を取り戻した。この武功を背景に420年、東晋の恭帝から禅譲を受けて即位し、宋(後の趙氏の宋と区別して劉宋と呼ばれる)を建てた(武帝)。ここから宋・斉・梁・陳と続く南朝の時代が始まる。ただし長安は彼が南へ戻った直後に夏の赫連勃勃に奪われ、本人も即位からわずか2年後の422年に没した。家柄よりも実力で皇帝にまで上り詰めた経歴は、門閥貴族の時代における異例の出世として知られる。