民
中華民国 / 1912 – 1949
1931戦争・動乱

満洲事変まんしゅうじへん

1931年9月、関東軍は奉天ほうてん(現・瀋陽)郊外の柳条湖で南満洲鉄道の線路を自ら爆破しながら、これを中国側の破壊工作と偽って軍事行動を開始した(柳条湖事件りゅうじょうこじけん)。日本政府が示した不拡大方針を関東軍は無視し、独断で軍事行動を拡大させて短期間のうちに満洲全域を占領するに至る。国際連盟はこの事態を重く見てリットン調査団を現地に派遣し、日本の行動を自衛権の行使とは認められない侵略行為であるとする報告書を採択したため、日本は1933年に国際連盟からの脱退を通告し国際的孤立を深めていくことになった。翌1932年には清朝最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀あいしんかくらふぎを執政(後に皇帝)に担ぎ上げて満洲国の建国が宣言されたが、その実権は一貫して関東軍が掌握しており、国際的には日本の傀儡国家とみなされることとなった。

関連する建造物・国宝・人物
※ 画像はWikimedia Commonsのパブリックドメイン/CCライセンス素材を使用しています(各画像下にクレジット表記)
建造物・遺跡
偽満皇宮博物院
偽満皇宮博物院
満洲国執政・皇帝時代の溥儀ふぎが居住した宮殿跡。現在の吉林省長春市に博物院として保存されている。
写真: Rolfmueller / Wikimedia Commons(CC BY-SA)
広告
関連作品
※ 一部のリンクはAmazonアソシエイトによるアフィリエイト広告を含みます
映画・ドラマ
ラストエンペラー (1987)
広告