山東省章丘しょうきゅう県の城子崖じょうしがい遺跡で最初に発見されたことからその名がつけられた文化で、轆轤(ろくろ)を用いて成形された薄手で光沢のある黒陶を特徴とする。版築技法による城壁を備えた集落遺跡が各地で確認されており、集団間の緊張関係の高まりと、より組織化された社会への移行を示すと考えられている。占卜に骨を用いる風習の萌芽もこの時期に見られ、後の殷代甲骨占卜の源流の一つとされる。竜山りゅうざん文化は後の夏王朝の成立母体の一つとしても位置づけられている。