長江ちょうこう下流域の浙江省せっこうしょう余姚よよう一帯で発見された河姆渡かぼと遺跡では、大量の炭化した稲籾や骨製の農具、高床式建物の柱穴跡が出土しており、中国最古級の稲作農耕文化の姿を伝えている。低湿地という環境に適応した高床建築は、後の江南地方の住居様式の源流の一つとも考えられている。出土した豚や水牛など家畜の骨からは、農耕と並行して牧畜も行われていたことがうかがえる。1970年代の発掘調査によって存在が広く知られるようになり、黄河文明中心史観を見直す契機ともなった遺跡である。