五
907 – 960

五代十国の人物一覧(五代十国時代)

唐が滅びると、中原には五つの短命王朝が目まぐるしく興亡し、地方には十の国々が割拠する。わずか半世紀の間に王朝が入れ替わり続けたこの乱世は、次の統一者・趙匡胤の登場によって、ようやく終わりを告げる。

李存勗(後唐荘宗)
李存勗りそんきょく(後唐こうとう荘宗そうそう)
後唐こうとうの建国者。後梁こうりょうを滅ぼし五代で最大の版図を築いた一方、芸能に耽溺して政務を怠り、在位わずか数年で近衛軍の反乱により落命した。
『南薫殿図像』(国立故宮博物院蔵) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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石敬瑭(後晋高祖)
石敬瑭せきけいとう(後晋こうしん高祖)
後晋こうしんの建国者。契丹きったんの軍事支援と引き換えに燕雲十六州えんうんじゅうろくしゅうを割譲し「児皇帝」を称したことで知られ、後世にはこの決断が中原王朝の北方防衛を長期にわたり弱体化させたと評価される。
『中国歴代名人画像譜』(2003年刊) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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劉
劉知遠りゅうちえん(後漢こうかん高祖)
後漢こうかんの建国者。契丹撤退後の混乱に乗じて開封かいほうに入城し即位したが、まもなく病没し、後漢は五代の中で最も短命な政権として終わった。
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郭威(後周太祖)
郭威かくい(後周こうしゅう太祖)
後周こうしゅうの建国者。荒廃した華北の民生回復に努めて統治基盤を安定させ、有能な養子柴栄さいえいを後継に指名したことで、後の中国再統一への流れを準備した。
『三才図会』(明代) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
柴栄(後周世宗)
柴栄さいえい(後周こうしゅう世宗せいそう)
後周こうしゅうの第2代皇帝。南北への積極的な遠征と禁軍改革などの内政整備を進めた名君として知られ、その急逝が後の宋建国への道を開いた。
『中国歴代名人画像譜』(2003年刊) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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