北宋建国期の名将。南漢平定などに功を立てたが、雍熙の北伐で楊業を救えず降格された。物語では楊家を陥れる悪役「潘仁美」として描かれる。
大名府の出身で、後周の時代から趙匡胤と親交を結び、宋の建国後はその統一戦争で活躍した。971年には南方の南漢を平定し、続く南唐攻略や979年の北漢攻略にも参加するなど、宋初を代表する武将の一人として重んじられた。
986年の雍熙の北伐では西路軍の主将として楊業とともに四州を攻略したが、撤退戦の中で監軍王侁が楊業に出撃を強いるのを止めず、約束した陳家谷の援軍も撤収させてしまったため、楊業は孤立して戦死した。この責任を問われて官位を三等下げられたが、のちに復権し、991年に没した。明代に成立した「楊家将」の物語では、楊家に恨みを抱いて楊業父子を死地に追いやる奸臣「潘仁美」として描かれ、民間では長く悪役のイメージが定着することになった。