更始帝政権のもとで頭角を現しつつあった劉秀が、王莽が編成した数十万ともいわれる大軍をわずか一万に満たない寡兵で打ち破った戦いである。昆陽城に籠城する味方を救援するため劉秀はみずから決死の突撃を敢行し、さらに暴風雨などの偶然も重なって新軍は総崩れとなり、壊滅的な打撃を被ったと伝えられる。この敗北により新の主力軍事力は事実上失われ、各地の反乱勢力の勢いを止める術を王莽政権は失うことになった。中国史上でも屈指の寡兵による大逆転劇として知られ、この戦いでの活躍が劉秀の名声を大きく高め、後の後漢建国への足がかりとなった点でも重要な戦いである。新にとってはこの敗戦が事実上の命取りとなり、以後政権は急速に瓦解へと向かっていく。