周
西周 / 1046 BC – 771 BC
1046 BC王朝

周の建国

牧野ぼくやの戦いで殷を滅ぼした武王ぶおうが、渭水盆地いすいぼんちの鎬京こうけい(現在の西安付近)に都を置き、新たな王朝として周を開いた。周王室は「天命」という思想を掲げ、徳を失った殷に代わって天より統治を委ねられたとする形で自らの正統性を説明した。この天命思想は、以後の中国史において王朝交代を正当化する基本的な政治理念として長く受け継がれていくことになる。武王は即位後まもなく没したと伝えられ、その後は弟の周公旦しゅうこうたんが幼い成王せいおうを補佐して国家の基礎固めにあたった。

関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
周
周原しゅうげん遺跡
陝西省岐山きざん・扶風ふふう一帯に広がる周の初期の拠点遺跡。多数の青銅器や甲骨、宮殿・宗廟跡が出土し、周文化研究の中心的な遺跡となっている。
関連する人物
武王
武王ぶおう
殷を滅ぼし周王朝を開いた初代の王。父文王ぶんおうの代からの勢力基盤を受け継ぎ、牧野の戦いで殷の紂王ちゅうおうを破った。
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