141 BC王朝
武帝の即位
16歳で即位した武帝は、54年に及ぶ在位期間を通じて前漢の国力を頂点にまで押し上げた皇帝である。対外的には衛青・霍去病らの将軍を用いて長年脅威であった匈奴を北方へ大きく退け、南越や朝鮮半島の衛氏朝鮮を征服するなど、漢の版図をかつてなく拡大した。内政面では郡国制下で依然力を持っていた諸侯王の勢力を「推恩の令」により実質的に解体し、塩・鉄の専売制など国家財政の強化策も次々と打ち出している。学問の面では董仲舒の献策を容れて儒学を国家の正統思想とし、張騫の派遣によって西域への道も開かれるなど、政治・軍事・思想のあらゆる面で漢代の枠組みを決定づけた治世であった。一方で度重なる外征と大規模事業は国庫を大きく消耗させ、晩年には各地で農民反乱が頻発するなど、その積極政策の反動も生じることになる。
関連する建造物・国宝・人物
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建造物・遺跡
茂陵
陝西省咸陽市にある武帝の陵墓。前漢皇帝陵の中で最大規模を誇り、近くには匈奴討伐で活躍した霍去病の墓と石刻群が残る。
写真: Acstar / Wikimedia Commons(CC BY-SA)
関連する人物
前漢第7代皇帝。積極的な対外拡張と儒教の国教化を進め、前漢の最盛期を築いた。在位54年に及ぶ。
『聖君賢臣全身像冊』 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
関連作品
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