前漢第7代皇帝。積極的な対外拡張と儒教の国教化を進め、前漢の最盛期を築いた。在位54年に及ぶ。
16歳で即位した武帝は、祖母や母后の後見下にあった即位当初の時期を経て親政を開始すると、それまで諸侯や豪族に委ねられていた権力を皇帝のもとに集中させ、対外的にも内政的にも積極策を推し進めた。張騫を西域に派遣して大月氏との同盟を模索させ、これが後のシルクロード交易路開拓の端緒となったほか、衛青・霍去病らの将軍を用いて北方の匈奴への大規模な遠征を繰り返し、その脅威を大きく後退させた。
内政では董仲舒の献策を容れて儒学を国家の正統思想と定め、以後の中国王朝が長く踏襲する儒教国家体制の基礎を築いた。また塩・鉄・酒の専売制を敷いて国家財政を強化するなど、統治機構の整備にも力を注いだ。54年に及ぶ在位期間は前漢の版図・国力ともに最盛期をもたらした一方、度重なる遠征と大規模事業は財政を圧迫し、晩年には民衆の疲弊も指摘されている。その治世は前漢の絶頂期であると同時に、後の衰退の芽をも内包していたと評される。