東方の大国斉の桓公は、かつて自らの命を狙った政敵側の臣であった管仲を寛容にも宰相として登用し、その卓越した内政・経済改革によって国力を大きく高めた。「尊王攘夷」を掲げ、周王室の権威を立てつつ異民族の侵入から中原諸国を守るという名分のもと、諸侯を集めた会盟を主催し、春秋時代で最初の「覇者」として認められる存在となった。管仲の改革は塩や鉄の専売など後世の経済政策の先駆けともいえる内容を含み、その言行は後に『管子』としてまとめられ伝えられている。桓公の覇業は、以後の晋・楚・呉・越など有力諸侯が覇権を争う「春秋の五覇」の時代の先駆けとなった。