ヴェネツィアの商人一族に生まれたマルコ・ポーロは、父・叔父とともに陸路シルクロードを経て元の宮廷に至り、約17年にわたりクビライに仕えたと伝えられる(近年ではその渡航の実在性や滞在の詳細をめぐり懐疑的な見解を示す研究者もいる)。帰国後、ジェノヴァとの海戦で捕虜となった獄中において、同房の作家ルスティケロ・ダ・ピサにその見聞を口述筆記させたのが本書成立の経緯とされる。黄金にあふれた東方の島国「ジパング」についての記述は後世大きな反響を呼び、コロンブスが西回りでアジアを目指す航海を計画する動機の一つになったとも言われる。もっとも当時のヨーロッパでは、あまりに壮大なその内容が誇張・虚構と疑われ、マルコ自身が「百万法螺吹きのマルコ(イル・ミリオーネ)」と揶揄されたという逸話も残っている。