280年、西晋は王濬率いる水軍を長江に進めるなどして最後まで残っていた呉を攻め滅ぼし、後漢末の黄巾の乱以来約1世紀近くにわたり分裂していた中国をついに再統一した。三国鼎立の一角を占め続けた呉の滅亡により、魏・蜀・呉それぞれが独自の年号や制度を掲げて並び立った三国時代は名実ともに終わりを告げることになる。統一を果たした武帝司馬炎は占田・課田法など農地制度の整備や税制の改革を進め、一時的には社会が落ち着きを取り戻す局面も見られた。しかしその一方で武帝は多数の皇族を各地に王として封じて軍事力を持たせる政策をとっており、これが後に皇族同士の権力争いを招く火種として温存されることになる。中国が再びひとつにまとまった喜びも束の間、統一からわずか十数年でこの火種は現実の内乱へと発展し、西晋の安定は長くは続かなかった。