殷でもっとも国力が充実したとされる武丁の治世には、王妃の一人である婦好が自ら軍を率いて周辺諸族を征討したことが甲骨文に記されており、殷の勢力圏が大きく拡大した時期とされる。婦好は祭祀を主宰する神官としての役割も担っていたことが甲骨文からうかがえ、当時の王室女性が軍事・宗教の両面で重要な地位を占めていたことを示す貴重な事例である。1976年に殷墟で発見された婦好墓は盗掘を免れた状態で発見され、大量の青銅器・玉器・骨器などがほぼ完全な形で出土した。この発見により、文献の乏しい殷代の王室生活や祭祀のあり方が具体的に明らかになった。