殷は建国以来、洪水などの理由で幾度も都を移していたが、第19代の王とされる盤庚ばんこうの代に都を殷(現在の河南省安陽あんよう)に定め、以後長期にわたり安定した王朝運営が続いたとされる。遷都に際しては貴族層の抵抗も強かったと伝えられ、盤庚は民や臣下を説得する訓辞を残したとされる。この安陽の地は後に「殷墟いんきょ」と呼ばれる大規模な都城遺跡として現代に伝わり、20世紀の発掘調査によって甲骨文字こうこつもじをはじめとする殷代文明の実態が明らかになった。以後の殷はこの地を都として約250年にわたり存続することになる。