秦と趙という二大強国が国運を賭けて激突した戦いで、当初持久戦に持ち込んでいた趙の将軍廉頗が更迭され、実戦経験の乏しい趙括に指揮が交代したところを秦の名将白起につけこまれ、趙軍は包囲されて壊滅的な敗北を喫した。捕虜となった趙兵は数十万に上ったが、白起はその大半を生き埋めにしたと伝えられ、戦国時代を通じて最大規模の犠牲を出した戦いとして知られる。この敗北により趙は事実上再起不能なほどの国力を喪失し、東方六国の中で秦に対抗しうる最大の障壁が取り除かれたことで、以後秦による中国統一への流れが決定的なものとなった。1990年代以降、山西省高平市の古戦場周辺では多数の白骨が埋まった坑跡が発掘され、この戦いの凄惨さを裏付ける物証となっている。
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