禹が父鯀の失敗を踏まえ、水を堰き止めるのではなく水路を切り開いて海へ流す治水法を採用し、黄河流域の氾濫を治めたと伝えられる。この事業のため各地を奔走し、自宅の前を三度通りながらも一度も立ち寄らなかったという「三過家門不入」の逸話は、公への献身を象徴する故事として後世長く語り継がれている。治水という具体的かつ人々の生活に直結する功績を成し遂げたことが、禹に対する絶大な信頼と権威をもたらし、後継者への世襲を可能にする政治的基盤を形成したと考えられている。この伝承は、中国において治水事業が為政者の正統性と分かちがたく結びついていたことを示す早い例でもある。
→