前漢の外交官・探検家。大月氏への使者として西域に赴き、その報告が後のシルクロード交易路開拓の端緒となった。
漢中の出身で、前漢の武帝に仕えた官吏。北方の遊牧国家匈奴に苦しめられていた武帝は、かつて匈奴に追われて西へ移った大月氏と同盟を結び、匈奴を挟み撃ちにしようと考えた。その使者に名乗り出たのが張騫で、紀元前139年ごろに長安を出発したが、途中で匈奴に捕らえられ、約10年にわたって抑留された。
隙を見て脱出した張騫は、大宛(フェルガナ)・康居を経てようやく大月氏にたどり着いたが、新しい土地で豊かに暮らしていた大月氏に同盟の意思はなかった。帰途にも再び匈奴に捕らえられ、出発から13年後の前126年ごろ、ようやく長安に帰り着いた。同盟の目的は果たせなかったものの、彼が持ち帰った中央アジア各地の地理・物産・国々の情報は、それまで中国にほとんど知られていなかった「西域」の姿を初めて明らかにし、後に司馬遷の『史記』にも記録された。のちには烏孫への使者も務め、漢と西域諸国との交流、ひいてはシルクロード交易の端緒を開いた人物として知られる。前114年ごろに没した。